ハイメ・バルメス
カタルーニャの司祭・哲学者・護教論者(1810–1848年)。ビックの慎ましい職人の家庭に生まれ、早熟な神学生としてセルベラで神学博士号を取得し、多作な著述家であったが三十八歳で結核により早世した。しかし十年余りという短い期間の集中的かつ熱に浮かされたような執筆活動を通じて、彼は十九世紀最も影響力のあるスペインのカトリック思想家となり、フランスからイギリス、イタリアに至るヨーロッパ全域で読まれ、翻訳され、論議の的となった。全四巻から成る主著『基礎哲学』(1846年)は、懐疑論、汎神論、カント的主観主義に対する体系的な論考であり、厳格なスコラ哲学から距離を置いた、博識かつ独創的な折衷主義をもって、世界・神・道徳についての客観的確実性に到達する人間理性の能力を擁護するものであり、トマス主義の伝統と、彼が直接知り批判的に対話を重ねていた近代の哲学的潮流との中間に位置するものであった。彼の最も広く読まれ、政治的にも最も影響力の大きかった著作『ヨーロッパ文明との関係におけるプロテスタンティズムとカトリシズムの比較』(1842–1844年)は、プロテスタンティズムこそが近代的進歩の決定的な原動力であったとするフランスの歴史家ギゾーの命題に直接反論するものであり、注目すべき歴史的博識と方法的な論証をもって、中世の諸大学、教会法、制度化された慈善事業、奴隷制の漸進的な廃止、そしてヨーロッパの文化的統一を通じて、近代西洋文明の真の立役者となったのはまさにカトリシズムであったと論じた。影響力ある政治誌『国民の思想』の創刊者兼主筆でもあった彼は、当時の激動するスペイン政治にも積極的に関与し、イサベル二世女王とモンテモリン伯爵との婚姻計画を通じてカルリスタ派とイサベル派との間の妥協的解決を提唱したが、この計画は最終的に失敗に終わった。彼はドノソ・コルテスとともに、十九世紀スペイン保守カトリック思想の中心的かつ基礎的な人物とみなされている。